智満寺 境内・伽藍 曹洞宗 智満寺 河根法窟・川根大佛

智満寺の境内

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本堂

智満寺の本堂。
主な行事が年間を通してここで修行されております。
本堂位牌堂には花鳥の絵天井300枚があります。また、日本美術院の特待画家である那波多目煌星画伯の院展入選の大作10数点が常設され、更に禅の古則公案の欄間10数枚があります。

本堂外観・内陣

常設絵画

観音堂

智満寺本堂向かって左側にある観音堂。
秘仏・千手観音がお祀りされており、毎年8月9日には盆踊りと共に千手観音大祭がお勤めされている。

千手観音お前立

本尊・秘仏千手観世音菩薩の前立として、像高112センチメートル、蓮華の台座にのった美しい十一面千手観世音菩薩がまつられている。
本尊の観音は彩色が剥げ落ちてほとんど跡を留めていなないが、前立の観音様は、はだ色の彩色がややあせてはいるものの、かなり彩色が残されている。

秘仏・千手観音

像高2メートルに達する素朴な彫りの立像があるが、平安時代後期における一木造りで、壮大な気風が感じられる。
第2手以下の手及び本体下部に材質の違いが見られれ後年修理したものと思われる。下台裏に「彩色 延享元年子霜月下旬日、京東洞院仏光寺下町、仏師新助、年23才、彩光金施主当村太田新八郎」と記されている。
 ※延享元年=1744年
観音堂の創建については明らかではないが、昭和53年現在の地に移される前は、智満寺の西約200メートルほど離れた杉木立ちの中に堂宇があり、その中に安置されていた。
この観音堂は、棟礼によると、『奉造立観音堂壱宇、施主当村、太田伝兵衛、文政13年庚寅正月』と書かれている。
智満寺に残されている文書をみると、「文政12年9月(1828年)伝兵衛、金比羅堂を寄付して観音堂とする」とある。
なおそれ以前、天正12年には火災にあって焼け、文政11年6月には大雨にて倒れたことが記されている。現在の観音堂は、智満寺の整地に伴い、衆堂を改造して造られたものである。

涅槃堂

智満寺の涅槃堂。
堂内には身の丈3.3メートルの大涅槃像が祀られ、インドの釈尊聖地の御土が納められています。
さらに、お釈迦様の十大弟子の木像や、聖地の写真があります。
踏土をしてお参りするとインド釈尊聖地を巡拝したのと同じ功徳が得られます。

 

涅槃像

お釈迦様は修行の末悟りを開かれてから45年もの長い間、数多くの人びとに教えを説き続けてこられた釈尊も、自ら説いた“諸行無常”の教えの通り、たくさんの弟子や信者の涙の中に、クシャガラで80才の生涯をとじられました。
涅槃像は涅槃に入られるお釈迦様のお姿を模したお仏像です。

 

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